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大阪地方裁判所 平成7年(ヨ)2203号 決定 1996年3月15日

債権者

甲野太郎

右代理人弁護士

内海和男

岡本栄市

債務者

関西フェルトファブリック株式会社

右代表者代表取締役

江口常夫

右代理人弁護士

川窪仁帥

主文

一  債務者は債権者に対し金一四一万三六五七円を仮に支払え。

二  申立費用は債務者の負担とする。

理由

第一債権者の申立て

一  債権者が債務者に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、金八四万六八〇〇円及び平成七年四月二六日以降、毎月二五日限り月額金五〇万八〇三三円の割合による金員を仮に支払え。

三  申立費用は債務者の負担とする。

第二事案の概要

一  本件認定判断の基本となる事実(争いのない事実及び証拠により認定できる事実)

1  債務者は管理職を含め社員約一五〇名を有し、主としてフェルトの販売を業とする会社であり、本店を大阪市に、全国に一〇営業所と東南アジアに四営業所を有する。

2  債権者は、昭和四三年三月四日債務者に雇用され、営業社員として勤務していたが、平成二年五月七日付けで広島営業所次長として赴任し、平成三年七月八日付けで同営業所所長代理となり、平成五年九月二一日付けで同営業の(ママ)所長となった。その後、債権者は愛知県所在の江南営業所課長として勤務していたが、債務者から平成七年六月二一日付けをもって就業規則六三条三項及び七項の規定により懲戒解雇された(以下「本件解雇」という。)。債権者は、本件解雇を無効であると主張し、妻子があり債務者からの収入以外に収入がないので、従業員たる地位の保全及び賃金の仮払いの仮処分を求めている。

3  これに対し、債務者は本件解雇は広島営業所の従業員であったA(以下「A」という。)が債務者の金員を横領したこと(以下「本件横領行為」という。)について未必的に知って同人が着服した金員で長期かつ多数回にわたり飲食をともにし、債務者の不良債権の入金を偽造工作したりした行為は、債務者内での横領行為に該当する若しくはこれに準じる行為であり、就業規則六三条三項及び一〇項に該当するものであり、さらに、Aが右横領したことについて重大な過失により監督者としての義務を怠ったためにAの右横領行為を助長し、さらには発覚を遅延させて損害を拡大し債務者に多額の損害を負わせたものであり、債権者の右行為は就業規則六三条七号に該当するものであるので、債務者は債権者に対し給与一か月分及び解雇予告手当を支払って平成七年六月二一日付けで懲戒解雇したものであると反論している。

二  当事者の主張

債権者の主張及び反論は、債権者の仮処分命令申立書及び準備書面と題する主張書面のとおりであり、債務者の主張及び反論は債務者の答弁書及び準備書面と題する主張書面のとおりであるからこれを引用する。

三  主たる争点及び争点に関する債権者の反論及び主張の要旨

1  本件解雇の無効について

(一) 懲戒解雇事由の存否

債権者は、Aの本件横領行為を知らなかったし、広島営業所において従前から行われていた営業所長として経理監督の業務を行っていたに過ぎず、債権者には右監督責任については重大な義務懈怠はない。

(二) 本件解雇の相当性の欠如

Aの本件横領行為は長年にわたって行われてきたものであり、Aに対する監督責任は、歴代の所長と同一の程度であり、債権者だけが懲戒処分を課せられる理由はない。

また、債務者の債権者に対する本件懲戒処分は厳格過ぎる。

(三) 債務者の本件解雇の手続きは適正さに欠ける。

懲戒処分は刑罰に類するものであり、労働者に重大な不利益を課するものであるから、慎重かつ適正な手続きが要求されるところ、債務者は債権者に対し懲戒解雇することを事前に告知せず債権者の弁明を聞かずに本件解雇を行ったものであるから、本件解雇は適正手続を欠き無効である。

(四) 予告手当不払いによる解雇無効

債務者は、平成七年六月二一日付けで本件解雇を行ったものであるが、解雇告知前三〇日に予告されたものでもなく、また、予告手当をも支払われていない。

債権者は平成七年六月二九日に債務者の池田経理部長から五月分の給与と予告手当一か月分の合計金八四万七一六〇円を被害弁償としてもらうと言われ意味が分からないまま従ったものであり、債務者の右行為は賃金の相殺禁止に準じて許されない行為であり、予告手当を支払ったことにはならない。さらに、債務者は債権者に対し六月分についても同月二一日までの給与を支払わなければならないところ、右支(ママ)払われていない。

さらに、行政官庁による解雇予告除外認定もされていない。したがって、債務者の本件解雇は無効である。

2  保全の必要性について

債権者は、妻と娘二人と生活をしており、妻は、アルバイトをしているも月額約九万円程度の収入を得ているに過ぎず、長女は専門学校を出たが現在就職活動をしている状態であり、次女は専門学校に通っている状態であり、債務者からの収入が生活の唯一の糧といえる。

第三当裁判所の判断

一  本件解雇事由の存否について

1  本件疎明資料(<証拠略>)並びに弁論及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる。

(一) Aは、昭和五一年三月ころ債務者に入社し、広島営業所に勤務し、経理及び一般の事務を担当していた(なお、一時二年間程度橋本睦子が経理を担当したが昭和六〇年ころからAが再度経理を担当した。)。

広島営業所において、営業所長は、現金引出しについては経理担当者が作成した振替伝票及び引出書をチェックし、銀行預金通帳を確認して右各書類に所長保管にかかる銀行印を押し、経費の支払いについては領収書に印鑑を押し、使用内容を確認し、売掛金の入金に関しては預金残高が金二〇〇ないし三〇〇万円になれば、経理担当者が作成した振替伝票及び引出書にチェックして通帳を確認して保管の銀行印を押し、現金入金があれば振替伝票で銀行に入金しているかチェックし、振替日計表に関しては全ての振替伝票をチェックして押印し、現金銀行残高と振替日計表の照合作業、月に一、二回程度現金や銀行預金の残高をチェックすることが義務づけられていた。しかしながら、広島営業所においては、初代営業所長であった深津和義以外歴代の所長(潮木功、橘高康夫、永井忠光)は、厳しくチェックすることもなく、振替伝票のチェックのみを行い、また銀行印、預金通帳も手提げ金庫に入れ同営業所内の金庫内に保管していたが、経理担当者であったAは自由に出し入れすることができた。

(二) Aは約一〇年前から(当時の広島営業所の所長は永井忠光(以下「永井」という。)であった。)債務者の金員を横領するようになった。

Aの本件横領行為の方法は、<1>売上として受領した小切手を売掛金として債務者に入金処理をしないで銀行に入金し、<2>得意先からの銀行振込金は売掛金を落とさないで債務者に入金処理をし、右いずれの場合においても得意先に請求書を出す時期に売掛金分を入金入力し、入金したように見せかけて請求書を作成し、得意先に発送した後、売掛金をマイナス処理して売掛金が残った状態にして横領し、<3>得意先から受領した小切手を先付小切手として債務者に入金処理し銀行に入金し、債務者に小切手が存在するように処理し、<4>銀行から現金引出しするにあたって、振替伝票を変造して差額を着服したものである。Aは、<1>及び<2>の方法により約金五六〇〇万円の、<3>の方法により約金二三〇〇万円の、<4>の方法により約金一四〇〇万円の、その他に約金八〇万円の金員を横領したものである。

Aは、横領した金員で借金を返済し、車、オートバイ、船、軽四輪車のローンの返済に充てたり、飲食費、旅行などの遊興費、衣服費への使途、パチンコや競馬などに使っていた。

なお、現金預金残高日計表には各銀行ごとに当日の残高及び現金の残高が記載されていることから、広島営業所長が預金通帳の同日における残高及び金庫内の現金と照合すれば、Aの横領行為を簡単に発見することが可能であった。

(三) 債権者は、平成二年五月七日付けで広島営業所次長として赴任し、当時広島営業所の所長であった永井が大阪に転勤となったことから、平成三年七月八日付けで同営業所所長代理となり、平成五年九月二一日付けで同営業所の所長となった。債権者は、広島営業所の所長となった際に、前同営業所長であった永井から事務の引き継ぎを受けるも、経理に関してはAに任せておけばよいと説明を受けた。そのために、債権者は経理に関してはAに一任していた状態であった。

広島営業所において、営業担当者は集金してきた売掛金の領収書の控えを見て振替伝票を作成し、Aにそれを渡し、同人が確認をし、債権者から確認の押印をもらい処理をしていた。また、Aは債権者から旅費精算、振替日計表の伝票、売掛明細表、現金銀行残高日計表に押印してもらっていたが、債権者はそれぞれの書類に押印するのみで各数字の整合性を確認することはなかった。

(四) 債権者は、Aと平成四年一一月ころから月一、二回、平成五年一月ころから平成六年三月ころまでは月三、四回、同年四月から債権者が転勤するまでの間は月七、八回程度(他の同僚と一緒の場合も含む。)「味処藤」において飲食し、Aが先に同店を出る際には一万円ないし二万円を債権者に飲食代金として渡していたが、債権者から右支払いを特に断られることもなく更に債権者から返済を受けることはなかった。なお、Aが代金の一部を支払った場合には、債権者及び同僚の工藤大(以下「工藤」という。)以外の同僚については、同行した場合には返済をしていた。

広島営業所においては平成五年ころから仕事終了後にビールを飲むことが多くなり、当初貯金箱に飲酒する者が代金を投入していたが、その後はAが月平均三回程度酒屋に注文し、その代金を支払っていたものであり、コンピューターのカンネットが導入された時には飲酒する量が増え平均して月四ケースで約金二万円を支払っていた。

さらに、広島営業所において従業員が残業する際に夜食として中華料理の注文をしていたが、コンピューターがカンネットに変更された時の平成六年四月からは週二、三回程度注文するようになり、債務者の経費で支払うことが月一、二回程度あったが、その他はAが支払っていたが、その支払金額は一回につき金三〇〇〇円ないし四〇〇〇円程度であった。

Aは、歓送迎会や二か月に一回程度行われていた打上会の費用のうち足らない分を、また、その二次会は参加者から集めずに代わりに支払っていたし、平成四年二月に転勤してきた南条の歓迎会の二次会の代金六万円を支払った。

Aは、平成七年五月一九日の中川薫理事(以下「中川」という。)らの債務者側による調査において右支出に関した(ママ)約金九〇〇万円を支出した旨述べていた。

Aは、債権者に対し、二回にわたり合計金二万円の服や金五〇〇〇円ないし六〇〇〇円のサイフを買って贈与していた。その間Aは、平成六年一〇月か一一月ころ債権者から「ダイイチセンイ」という取引先の支払い未了の残金を入金処理するように指示されたので、そのとおり入金処理を行い、その処理後一週間を経て債権者からその金員の返済を受け、本社の佐橋から広島営業所の売掛金に関して質問があり、その際に「イワネ装飾」について質問されたので、債権者に連絡したところ、債権者から平成七年三月二〇日の決算時において、「イワネ装飾」という取引先の支払未了代金二五万六一四二円を入金処理するように指示され、入金処理をし、債権者が平成六年七月及び八月分の給与の仮払金各五万円(債務者においては仮払金の返済は通常は給料日及び翌月の給料日との定である。)の入金処理を依頼され、処理を行ったが、Aが支払った右代金等は全て債務者から横領した金員で支払っていたものである(なお、いずれの入金処理に関しても債権者はAに対し送金するから入金処理をしてほしいとは申し述べていない。)。そして、債権者が広島営業所に在籍していた間の平成四年八月五日から平成六年九月末日までの間の銀行預金と振替伝票との差額の累計は約金三〇〇〇万円にも及んでいる。

(五) 中川は債務者の本社の財務・総務部の青木俊夫課長(以下「青木」という。)から平成七年五月一七日広島営業所の経理に不審な点があるとの相談を受け、広島営業所関連の預金通帳及び先付小切手を調査したところ、数字の合わないものがあることが判明し、広島営業所にファックスで通帳を送付するよう指示したところ、広島営業所から何らの回答がなく、直接銀行に問い合わせて残高を照合したところ数字の合わない部分が明確になり、調査のために青木とともに広島営業所に赴き、同月一八日Aに対し調査を実施したところ、Aが債務者の金員約金九五〇〇万円を横領したことを認めた。中川は、翌日の一九日代表者を含めAを調査した結果、Aの横領金額が債権者が転勤して営業所長になってから増額していることが判明した。そこで、中川は、債権者を調査することにし、同月二二日債権者から本社において代表者、泰謙輔専務、青木の立ち会いのもと事情聴取した。債権者は右調査においてAが横領をしていたことを知らなかったと述べたが、その横領事実に関する責任を認め(<証拠略>)、自身が費消した金員は約金二〇〇万円ないし三〇〇万円であり、損害金の支払いを認める旨の書面(<証拠略>)を作成し、債務者から自宅待機を命じられた。

(六) Aは、平成七年五月一八日ころ債権者に対し仮払金及び「イワネ装飾」の不良債権の処理について橘高に説明した旨話したところ、債権者はAに対し平成七年五月一九日に金一五万円を送金し、同月二二日には金二〇万円を送金する旨の電話による連絡をしたが、Aは右金員の受領を拒否した。

その後債権者は、平成七年六月二一日債務者の代理人弁護士からの事情聴取及び代表者からの事情聴取を受けた。その結果、債務者は、これまでの債権者の態度から債権者がAの横領行為を知っていたものであるとして、就業規則六三条三号ないし七号に基づいて本件解雇を行ったものであるが、債務者の本件解雇の理由としては就業規則六三条一〇号も含めて判断していたものである。

(七) 以上の事実からすれば、債権者はAが横領行為を行っていたことを知っていたと断定することはできないが、健全な良識を働かせれば知り得る状況にあり、債権者において経理関係書類に関して、従前の広島営業所長と異なり独自に確認していたならばAの本件横領行為を知り得る状況であり、さらには日計表と預金残高を照合すればAの横領行為を容易に発見することができるものであるから、簡単にAの横領行為を阻止できていたこと、債権者がAに対し飲食代を支払わせていることがなければ、Aの横領金額も増加することもなかったものであることが認められる。

したがって、債権者において就業規則六三条七項に規定する重大な過失により債務者に損害を負わしたものであることが認められる。

(八) 債権者の反論に対する判断

(1) 債権者はAが横領したことを記載した(証拠略)については信用性がない旨指摘するが、A自身横領した金額を正確に覚えていないために、債務者側の調査担当者との話の中でその金額が明らかになってきたものであるから、そのことから右書面の内容に信用性がないとは断定できない。

(2) 債権者は、Aの本件横領行為を知らなかったし、Aの日常生活からは横領行為を行っていたことは推測することができず、また、広島営業所において従前から行われていた営業所長として経理監督の業務を行っていたに過ぎず、債権者には右監督責任については重大な義務懈怠はない旨反論し、右反論に沿う疎明資料(<証拠略>)もある。

しかしながら、債権者が勤務していた当時の広島営業所の従業員は、債権者を含め六名程度であり、債権者は、Aと飲食を共にし親密な関係にあり、Aが競馬に通っていることやパチンコにも熱心であったことや(<証拠略>)、Aの家族関係などプライベートな事柄に関してもかなり知っていたものであると推測できる。また、債権者は、Aが僅か一か月約一九万円しか給与の支給を受けていないのにかかわらず、多数回にわたり飲食代金を支払い、同人から贈与を受けていたものであり、年下のそれも債権者より給与額がはるかに低い者から飲食代金の支払いを受けながらそのことに顧みることなく支払われるままに放置し、残業の際の飲食代金についても交際費等で支払うことができるにもかかわらず、Aがそのように処理することが無かったことについて何ら問いただすこともなく放置し、他方、Aにおいても債権者が横領行為を知っていたと思っていたことから、発覚を恐れ債権者が飲食代金を(ママ)返済をしなくとも黙って支払っていたものであることが伺われ、債権者の求めに応じて立て替えをしていたものであると推測できる。さらに、債権者は、Aに対し不良債権や仮払金の処理についても金員を送付することを言わずに処理させており、Aの本件横領行為が発覚した後に債権者がAに対し右処理に要した費用を送金するなどの行為に及んでいる。したがって、債権者の右部分に関する供述は信用することはできない。

他方で、債権者はわずかな注意を払って帳簿等を確認さえすればAの本件横領行為を発見することができたものである。したがって、債権者はAの本件横領行為に関する監督につき重大な過失があったものであるといわなければならない。

(3) 債権者は、横領額が多額に及んだことはコンピューターをカンネットに変更したために生じた操作ミスのために増額したものであって、実際はそれほど増えていない旨主張するが、右事実は認められない。

2  本件解雇の相当性について

債権者は、Aの本件横領行為は長年にわたって行われてきたものであり、Aに対する監督責任は、歴代の所長と同一の程度であり、債権者だけが懲戒処分を課せられる理由はない。また、債務者の債権者に対する本件懲戒処分は厳格過ぎる旨主張する。

本件疎明資料(<証拠略>)及び前記一の1で認定した事実によれば、債権者は、歴代の広島営業所長と異なりAが横領した金員で共に飲食をし、商品の贈与を受け、不良債権及び仮払金の処理をさせていたものであり、債権者がそのような行為に及ばなければ、Aにおいて横領額を増やすこともなかったことや、Aが銀行への入出金への操作による差額は、債権者が広島営業所在籍期間(所長代理をも含む)で約金三〇〇〇万円にも及んでいたこと、永井は既に退職していたが、功労として債務者から贈与を受けていた株式を相場の三分の一の価格で譲渡させられ、本件横領行為が発覚した当時の広島営業所長であった橘高は給与・賞与につき一年間一〇パーセントの減俸と平成七年九月引責退職したものである。その他、代表者及び専務取締役であった秦謙輔は、平成七年度賞与夏及び冬分を支給せず、今後も支給しないことになり、平成七年三月まで専務取締役兼管理本部長、同年四月以降非常勤取締役である濱野哲は四年間一〇パーセントの減俸を、元財務担当専務取締役、現在顧問の佐橋正喜は顧問料を二年間五〇パーセント減俸するとの各処分を受けている。以上の各人の本件横領に対する関与と処分の内容からすれば、債権者に対する本件解雇は社会通念上著しく公平を欠き裁量権を逸脱しているとまではいえない。

したがって、債権者の右主張は採用することはできない。

3  本件解雇に至る手続きの適正さについて

債権者は、懲戒処分は刑罰に類するものであり、労働者に重大な不利益を課するものであるから、慎重かつ適正な手続きが要求されるところ、債務者は債権者に対し懲戒解雇することを事前に告知せず債権者の弁明を聞かずに本件解雇を行ったものであるから、本件解雇は適正手続きを欠き無効である旨主張する。

本件疎明資料によれば、債務者は平成七年五月二二日午後一時ころから五時ころまでの間、間に休憩を挟んで本店において債権者にAが作成した横領事実に関する書面(<証拠略>)を示し、Aの横領行為に関する事情聴取を行い、債権者から右横領に関して責任を認める旨の書面及び弁償に関する書面を徴し、同年六月二一日弁護士による債権者からの事情聴取を行い、さらに、約二時間程度債務者役員による事情聴取を実施して本件解雇を言い渡したものであることが(<証拠略>)一応認められる。

債務者における就業規則は弁解を聞く手続きの定めがないが、懲戒解雇の性格からすればその手続きは慎重であることが求められる。

右認定した事実によれば、債務者は債権者から二日にわたり、それも弁護士からの事情聴取を行ったうえで本件解雇を行っているものであり、右事情聴取手続きにおいても強制にわたるものではなかったことから、手続きにおいても適正さを欠いていたとまではいえない。

債権者は、債務者の事情聴取手続きは糾問的で有無をいわさないところがあった旨述べるが、平成七年五月二二日における事情聴取は四時間であったこと、多少の詰問調の尋問は事柄の性質上やむを得ないものであり、債権者においてAの横領金額への反論を行っていることから、債務者の事情聴取手続きが債権者の意思の自由を奪うような強制的なものであるとまではいえない。

4  予告手当不払いによる解雇無効

債務者における就業規則によれば、懲戒解雇において即時解雇が認められる場合として行政官庁による解雇予告除外認定を受けたとき(就業規則四五条二項)と規定されている。本件において右除外認定されなかったことは当事者間に争いはない。

そこで、債務者が、平成七年六月二一日付けで債権者を解雇するには、解雇告知前三〇日に予告するか予告手当を支払わなければならない。

債務者は平成七年六月二九日に債権者に対し五月分の給与と予告手当一か月分の合計金八四万七一六〇円を支払ったが、債権者から本件横領行為による被害弁償として右金員を受領した(<証拠略>)。

そこで、債権者の被害弁償として債務者に右金員を渡した行為は労働基準法(以下「法」という。)二〇条に規定することに反しないか検討する。

予告手当は、実質的には賃金であるから全額支払いの原則(法二四条)の趣旨から実際に支払われるべきであり、労働者の真に自由な意思に反して使用者は労働者の行為に基づく損害と相殺することは許されない。

債務者は、平成七年六月二九日債権者に対し、五月分の給与金三三万三四四〇円と予告手当金五一万三七二〇円を交付した後債権者から右交付金から自ら債務者の損害賠償の填補として右金員全額を支払ったとするが、債権者が右金員を支払ったのは懲戒解雇されて間がない時で、損害賠償について十分検討する間もなく債務者の右処理に従ったものであるから、債権者において全く自由な意思に基づいて行ったものであるとまでは言えない。したがって、債務者の右行為は許されないと言わなければならない。

次に、債務者は債権者に対し六月分についても平成七年五月二六日から同年六月二〇日までの給与を支払わなければならないところ、右支払っていない。

この点については、債務者は、労働基準監督署に問い合わせたところ労働者の責任による休業で労働をしていない場合には、賃金の支払いは必要ではない旨回答を得たので、支給しなかった旨主張している。債務者における就業規則三二条には、「債務者が必要を認めたときは休職を命ずることができる」と規定され、給与規則一八条には「自己都合により休職を命じられた者については、休職決定の翌日より再び会社の勤務に服する前日まで基本給及び諸手当の支給を停止する。」と規定している。

債権者は、債務者から平成七年五月二六日から自宅待機を命じられ、同年六月二〇日までの間就労に就かなかったものであるが、右自宅待機命令は懲戒処分であるとはいえず単に使用者の有する指揮監督権に基づく労働力の処分の一態様であり、業務命令の一種にすぎない。したがって、債権者の都合による休職であるとまでは解することはできない。それゆえ債務者が債権者に対し、右期間内の賃金を支払わなかったことは違法である。

債務者の本件解雇手続きは、就業規則及び法二〇条に違反しているが、審尋の全趣旨からすれば、債務者において平成七年六月二一日の解雇に固執しているものではないことが伺えることから、本件解雇は同年七月二一日をもってその効果が発生しているものであると解する。

したがって、債権者は債務者に対し平成七年五月分の給与、同月二二日から同年六月二一日までの給与及び同年七月分の給与を請求することができる。債権者の平均賃金は金五〇万八〇三三円であり、平成七年五月二六日から同年六月二〇日間の賃金については一か月平均給与額金五〇万八〇三三円(三か月分の平均賃金・<証拠略>)をその月の所定労働日数二一日で除した金額に債権者が出勤したであろう一八日分を掛けた金額金三九万七五九一円(就業規則給与規定一六条・<証拠略>)と七月分の給与五〇万八〇三三円の合計金一四一万三六五七円について債権者は債務者に対し右金員の支払請求権を有する。

二  保全の必要性について

債権者は、妻と娘二人と生活をしており、妻は、アルバイトをしているも月額約金九万円程度の収入を得ているに過ぎず、長女は専門学校を出たが現在就職活動をしている状態であり、次女は専門学校に通っている状態であり、債務者からの収入が生活の唯一の糧といえる(<証拠略>)。したがって、保全の必要性が認められる。

三  結論

債権者の本件申立については、債務者が債権者に対し金一四一万三六五七円を支払う範囲で認め(なお、事案の性質上担保を立てさせない。)、その余を却下し、主文のとおり決定する。

(裁判官 山口芳子)

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